ショパンの呼び鈴・・

2019年、日本とポーランドの国交樹立100周年記念として開催された「ショパン 200年の肖像」展が2020年今年4月下旬から6月28日まで、いよいよ東京で開催されています。しかしながら、この開催の始めの時期はコロナ禍の最中でしたから開催を控えていたかもしれません。先週この展覧会の情報を生徒から入手しまして、もう日にちが少ないので「絶対行きたい!」と思って行ってきました。お知らせくださった生徒と親御さんに大!大感謝です。

音声ガイドも付けて2時間かけて、この展覧会を巡りました。現代でもポーランドにおけるショパンの影響力はとても大きいのだな、とつくづく思いました。現代のアーティストたちがショパンの作品からインスピレーションを受けて描いた絵画作品やショパンの肖像画も多数展示されていました。自筆譜、手紙、遺品もありました。

「今この瞬間に時空を超えてショパンが書いた実際の譜面や手紙を目の当たりにしてるのだ!」と思うと何ともいえない感動に包まれました。また、自筆譜の譜面に2拍分延ばす音2つのうち、1つを2拍分の休符に直したり、再度今度は4拍分の音符に変えたりしている箇所がありました。同じ音なのに長さにここまで試行錯誤し、こだわることの意味を考えると改めて作品には忠実に敬虔な真摯な気持ちを持って接しないといけないな、と再認識させられました。そして、「やっぱりショパンはステキ!」と強く思いました。久しく弾いていなかったあの曲も弾いてみよう!とテンションが上がりました。

ところで、死の床にあったショパンが姉を呼ぶときに使用していたという人型像のベルが展示されていました。これが何とも「なぜにチャイニーズ?!しかも肥ってるし・・」お洒落でセンスが良かったというショパンのイメージから逸脱していて戸惑ってしまいました。ショパンの姉は「インドの神様」と言っていたそうですし、ある研究者は仏像といっていたそうです。どう見ても恰幅のいい中国人のおじさん像の呼び鈴にしか見えませんでした(笑)展示品名も「中国趣味の・・」と記載有り。

ショパンは1849年フランスはパリで死去しました。古くからイギリスやドイツとの国交もあったでしょうが中国は?? 実はコロナ禍をきっかけに私は最近中国を含めたアジア地域にとても関心を持ち始めました。そのためか、今回この中国人モチーフののベルが何故にショパンの手に渡ったのか?と非常に興味をそそられてしまい、歴史と共に思いを巡らせてしまいました。

ショパンの姉ルドヴィカは「インドの神様」と言っていたそうですが100%ない!と思うのです。ヒンドゥー教の神様は太ってないし、日本のお仏像とイメージが近いし、ガネーシャでもない。イスラム教なら偶像崇拝はないし、(記憶違いでなければ)・・。展示品名の「中国趣味の・・」と記載通り、私も中国由来だと思うのです。そうすると①シルクロード経由?(でも中国⇒フランス直接は考えづらい)②トルコ経由(①と重複?)③インド経由(中国⇒隣国インド⇒イギリス⇒フランス?)などと考えました。

③について、近年定評のあるボリウッド映画の影響もあり、インドとイギリスの関係について時系列に知りたくなってしまい、つい年表など引っ張りだしてしまった始末です。

インドのムガール帝国時代(英国領化前1521~1858)の1579年、初めてイギリス人が入国。1600年ころから徐々に関係が深くなり1827年イギリスはムガール帝国に従属するよう要求し、1858~1947までインドは英国領となり、1947年インドとパキスタンに分かれて独立・・。ふ~ん、知らなかったこともあり少々恥ずかしい(^^;)もちろん自慢にもなりませんが、知らないで〇十年生きてきました(笑)手がかりとなる情報が少ないし事実はどうなのか?と少々モヤモヤ・・。

インパクトが強すぎた「ショパンの呼び鈴」でしたが貴重で有意義な展覧会に行けて良かったです。

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